BlackMagician(Ariel)

 

風が吹き渡る。

大陸からの風は、少しばかり湿った潮の香りも運んできた。

 Skara Braeはいつも静かだ。

 私の一番愛する町……そして故郷がこの町だ。
母は女ながらもかなりのじゃじゃ馬なレンジャーだったらしい。
旅をしてきた僧侶の父と知り合い、結婚してからはおとなしくなったらしいが……。
いまは二人はYewでのんびり暮らしている。
今も母が狩りをし、父は書斎にこもるような生活だ。

 私は一番父の血が出たのか、家族の中では一番、魔法の力に向いていたようだ。
いまは一応、メイジと名乗れるようになった。
長姉は槍戦士、次姉は鍛治屋。下の妹はトレジャーハンター、末妹はテイマーと全員ばらばらな職業だが、一つだけいえるのは全員魔法を好むと言うことだ。

 いや、違う。
魔法なしでは生きられないのかもしれない。

 TrammelのSkara Brae地方に私の家がある。知り合いの魔術師から買い取った家だが、私はとても気に入っている。なんというか、居心地もいいし……そう、あの場所は他の場所に比べ、若干だがエーテルが濃いので、私にはとても過ごしやすい場所なのだ。Feluucaの方もそんな状況だったのだが、Trammelの方が更に濃いようだ。

家の一階の窓際でいつもは依頼品の巻物を書いたり、スペルブックを作成したりしている。収め先は大体Skara Braeの魔法店だ。

 そして今は品物を納めにきたのだが……。

「おー。Ariel」
 珍しい人が魔法店にいる……といっても存在が珍しいのではなく、Skara Braeにいることが珍しい。いつもはBritainにいることが彼は多いのだ。
「あら、GO」
 少し深めに被った麦藁帽子をきゅ、と被りなおして彼はつかつかと歩いてきた。
「ねね、売り切れなの」
「……どれが」
「粒。ちっちゃいやつ」
 彼は一流のテイマーで、腕利きのメイジな筈なのだが……いまだに秘薬の名前を覚えていないらしい。いや覚えていないというより、言うのが面倒くさいのだろうか。
「黒いの、ないのー」
「うちにあるよ。あげようか?」
「おー」
 じゃあ、らまあげる、というのを丁重に辞退した。私はオスタードに騎乗しているので、ラマには乗らないことにしているのだ。
「ちえー。らまはいいぞぉ」
「……いらない」
「かわいいのに……首の長いヘンな生き物よりいい」
 首の長いヘンな生き物、はオスタードのことだ。
「……で、いるの?ほしいなら家にあるから、持ってくるけど」
「じゃあ、いく。お邪魔になるよ」
 お邪魔というより……半ばうちに住み着いている気がするのだが。まぁいい。
私たちはそのままフェリー乗り場まで向かった。

「この潮風がいいよね」
 お気に入りの三角帽子が飛ばされないように押さえつつ、彼に話し掛けた。
「だねぇ」
 向こうも帽子を押さえている。黙ってたっていれば優しげな風貌と口調で女の子にも騒がれそうなのだが、もてるには……問題が少しある。
かばんの中や銀行の中が常に散乱していることと、靴をすぐ無くすので裸足でばかりいることだ。
先ほども銀行前で女の子たちが顔をみて微笑し、その後足を見て――なんともいえない顔をしていた……。その後、私の方をじろじろ見られたのが……。どう思われたのだろう。――やれやれ。

大陸と島を結ぶ交通手段は、ムーンゲートを除けばこのフェリーだけだ。魔法で移動する方が便利なのだが、私はこのフェリーが気に入っている。魔法で全てをこなすのではなく、魔法でしか出来ないことだけをしたい。それがメイジというものだ。

 GOに黒真珠を分けた後、まったりとお茶を飲んでいた。
「ところで……何処かいくの?」
「うん。ごろうとね……神殿めぐり」
 ごろう、というのは彼のペットのラマの名前で……らまごろう、というらしい。
「たぶんねぇ……一週間くらいかな?でかけるのー」
 羨ましい気もする。流石にそんなには出かけられないなぁ。
「そうか……気をつけて」

 なんかお土産持ってくるね、と言って彼はごろうと出かけていった。
また家の中が静まり返った。――まぁ静かなのは嫌いではないが。

* * *

 妹や姉もいつも出かけたきりで、なかなかうちには帰ってこないことが多い。
メル姉さんは工房にこもると一ヶ月くらい帰らないことがあるし、静はどちらかというと野外生活の方が多い。セリスは比較的家にいることが多いのだが、最近はトレジャーハントの訓練と称してどこかにでかけている。大体家にいるのはアンフィトリテ姉さんか私だ。姉妹の中で一番家にいる時間が長いのは私かもしれない。家の裏手で、愛オスタのBeiowolfがくぁーと退屈そうに鳴いている。

だが――家にいる時間は長くても、一度出かければ平穏ではないこと……今が、ほんの少しのまったりとした日常だと、Beiowolfも知っている。彼は私と共に何度も戦地を潜り抜けてきたのだから。

* * *



 何日かたち、友が用事があるという。家に招かれたので、久々に出かけてみる。

 いつもは実用的な服しか着ていないのだが、今日は少しだけお洒落をしてみることにした。たまにはそういうのもいいだろう。

少し上等な生地の服。
お気に入りのアクセサリー。
仕上げに水のような爽やかな香水をつけてみた。
清楚で儚い感じのそれは、私の一番のお気に入りだ。
似合わないと笑われそうだけど。

友の家は、そばに森がある閑静なところにある。
眺めもままよい。一番いいのは、梟や小鳥の声がよく聞こえることだ。

「なんかいつもと違うねぇ」
「たまにはね」
 戦場で一緒に沓を並べる友が微笑した。
「こうしてみると、戦っているときとは別の人みたいな気がする」
 見慣れた姿なんだけど、服が違うし……と彼は付け加えた。まあ、私自身もやはり少し違和感があるので仕方ない。

 いつもの黒衣のほうがずいぶん落ち着く――。

「そういえば、これ、預かり物。昨日、頼まれてね」
 友が卓上に一通の封書を置いた。
封緘は……見なくても分かる紋――魔術師ギルドの紋が刻まれていた。
「どうやら……のんびりできるのは今日までのようね?」
 らしいね、と返事が返ってきた。
「……モンスターが騒ぎ始めているようでね。こっちも支度は済ませてある」
 友が微笑した。
「私もこの話、受けるわ……ギルドで書類を出してくるわ」

* * *


 じゃ、現地で待つよ、という彼と別れ、私は自宅に戻った。はじめにすることは、服を着替えること。無論……いつもの黒衣に黒い三角帽子、黒い鎧一式。魔術師としての私の姿だ。

 支度をしている間、部屋の片隅にいたBeiowolfがいさましい声をあげる。
死とすれすれも経験しているBeiowolfの目に強い意志の光が宿っているのを私は知っていた。何度もあった異変を感知した時、相棒の瞳は、不敵にきらめく。そう、……まるで戦いが始まるのを知っているかのように。

小さく鳴き、彼は私を見つめた。
『行くんだろう?乗れよ』
「また大変な戦いかもよ……走れる?」
 くぁーと声が応える。
『得意の走りをみせてやるさ、伊達にキミの相棒じゃないってね』
 そう聞こえた気がして、私は頷いた。

* * *

 Skara Braeの魔術師ギルドに寄り、秘薬を買い込む。
受付で、ギルドの私の仕事依頼に私はチェックマークをいれた。これで仕事中という意味になる。私にしばらく書写の仕事を頼むものはいないだろう。今回の仕事に関する契約にもサイン。……だが、明確には名前は記さない。通り名でいいのだ。むしろ我々に依頼をする人は通り名の方を言うほうが早いこともある。私はペンを置き、受付の見習いメイジに手渡した。
「しばらく会えないわね」
「忙しくなるようですね。じゃ、確認をさせていただきますね」
 書類などを一通り確認する。
「ええ、間違いなようですね。で、名前が――え……」
 しばし訪れる静寂。
彼は通り名と私をしばらく見比べていた。
「Black…Magician……」
 いつのまにかそう呼ばれるようになり、私の通り名になった名前。
「間違いないわ。これが私の紋章――」
 メイジにのみ携帯を許されたリングに刻まれた魔法紋章を見せる。私のリングは黒。そこ刻まれた紋章を見て、見習いメイジが息を飲む。
「は、はい、確かに……」
 私はゆっくりとドアに足を向けた。
「じゃ、またね」

* * *

 足元を潮風が吹き抜けていく。Skara Braeの風。
 かつて戦いを挑んだ、ある存在から勝利の証として貰ったマントを纏い、私はオスタードに騎乗した。魔力を秘めるそのマントは、BlackMagicianとして、依頼を受けた時しか纏わないことにしている。夜に包まれるような不思議な感触のマントが風になびく。

これからの戦いに少しだけ思いをはせて、……私はオスタードに声をかけた。

「さて……いくよ、Beiowolf!」

* * *

 次にギルドに戻ったのは、二週間ぐらいあとになっていた。

無論、生還した、とだけ書き記しておこう。

 


BGM Dancing In The Moonlight/Toploader
 

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