Destard (静)

潮風が気持ちいい。

そんなことを考えながら、私は森の中を足早に歩いていた。
目的地は、龍の巣――Destard。
目の前に立つのはややぼんやりとした感じの青年だった。
「君。この先に行くのかい?」
 眠たげな口調だ。
「ええ。一度でいいから古から生きるというDragonを見てみたいの。好奇心です」
青年は苦笑した。
「――そんなにDragonは……面白いのかい?」
「う〜ん、どうだろ?憧れ、私の夢、かな――」
 風が吹き抜けて、彼の顔は髪に隠され見えなかった。
「まぁ……そんなもんかね」
 そして彼がつと、と立ち上がったとたん、きゅ〜と音がした。
彼が苦笑した。
「あ、これあげます」
 赤い果物。
「……これ、いいのかい?」
「ええ。私、林檎好きだからいつも持ち歩いているの。あげるわ」
 青年と別れ、私はそのままDestard内部にと入った。

 

* * *

 

 やや冷えた、それでいて冷たくはないこの空気が好きなのだ。
奥まったところに、少し広い場所がある。
今日は誰もいないので、私はそこに腰をおろした。あちこちを竜が歩いているが、皆、私をちらと見るだけで、気にもとめない。害を加えるつもりがないことが相手にも伝わっているのだ。

……もっともそんなことも出来ないようでは、レンジャーとはいえないのだが。

しばらくすると、私のそばに一頭の竜が歩み寄ってきた。
私をじっと見詰めている。

 「……こんにちは。すこしのんびりしにきたの。あなたたちを見たくて来たのよ」

  尻尾が少し揺れていた。
まだ鱗の具合から見て若い龍なのだろう。
私に攻撃は仕掛けてこない。
私はリュートを取り出し、一曲奏でた。
Skara Braeの歌を。
龍はじっと聞いている。
やがて羽が静かにたたまれ、くつろぐかのように目を閉じ、私の傍に座り込んだ。
私は少し嬉しくなり、更に何曲か奏でた。
時折、微かに尻尾が揺れる。
思ったより龍の瞳は優しかった。
かなり長い時間を私はそこで過ごした。
ざらざらとした鱗は想像していたよりはさらっとしていたし、暖かく柔らかい。
瞳には、人間と同じ知性の輝きがある。
ときおり竜の顔に何か感情めいたものが浮かぶ。
私には心地よさげな感じに見え――この曲を気に入ってくれているのだと感じた。
静かで平和なひと時。

* * *

stonesを歌っていたとき、それが破られた。

幾人かの駆け出しから慣れてきたあたりの冒険者が洞窟に入ってきたのだ。
彼と私は入り口からは奥にいたが、彼らからは見える場所である。
「もうここは静かじゃないわ――またね」
 私は彼――龍に語りかけた。
彼はそっと体を起こし、羽を広げた。
威圧感があるが、不思議と恐怖はない。
そのまま彼は私の方をちら、と見やり……ゆっくりと奥に進んでいった。
彼が歩み去る先は、このDungeonの最深部へと続く道だった。
最深部には古代龍が住んでいる。
私も滅多には立ち寄らない。
彼らの聖域を侵すことになるのを知っていたからだ。

 

* * *

 

「ん?」
冒険者たちが彼を見つけ、走り出した。
こんなところで走るとは、まだ慣れていない証拠だ。
ドラゴンたちがざわめき始め、空気が段々重くぴりぴりとしてきた。
嫌な予感がして、私はゆっくり彼らの後をつけた。
「こいつか、ドラゴンというのは」
「よし倒そうぜ!」
「腕をあげたことを見せようじゃないか」
 そんなやり取りが聞こえる。
彼らでは勝てないのは承知していた。
本来ならば人間を気にせねばなるまい。
だが私は――彼らよりは龍のことが気になっていた。
「こいつ逃げてばかりだ」
「弱いのかな?」
出て行け、死にたくなければ――そういう龍の意思表示も汲み取れないのか、一人の冒険者……まだ少年のような剣士が突然彼に剣を突き刺した。
一瞬で彼はブレスに焼かれる。当然の結果。

だが見捨てては置けない。

「……あなたの相手は私よ」

焼け焦げかけた瀕死の剣士と龍の間に私は立った。

既に呪文の詠唱は完成している。
私の手先にマナが集中しているのは、龍には見えているはずだ。あとは魔力を開放するだけだ。
先ほどまでは、ただ音楽を聞いていてくれた。
……やはり人と龍とは仲良くは出来ないのだろうか?

「さぁ、早く行きなさい!彼らの逆鱗に触れないうちに早く!!」
こうなった以上、精一杯戦うしかあるまい。
後ろで慌てふためき、逃げていく若者。
流石に彼らにゲートを出してやる余裕はない。
彼らが逃げたのを確認し、私は魔力を開放した。

 

* * *

 

「Vas Ylem Rel」
目の前の龍は姿を変えた。
彼らは魔法で人に姿を変えることもあると聞いてはいたが、流石に実物を見るのは初めてだった。
「……あ、あなた……」
「また会ったね」
 眠たげな口調で語る彼は……。
Destardの入り口にいた青年ではないか。
「よく僕を打ち負かしたね。流石に驚いたよ……人間も、なかなかやるもんだねぇ」
 私は余りの事に喋ることが出来なかった。
「他の龍が人間は面白い、そういうのが分かったよ。確かに――面白い」
とりあえず私達はDestardを出ることにした。
青年の行く先で龍が道を開ける。仲間だと分かるようだ。
「はは、変わり者か――そうかもね、じゃあな」
 彼は一頭に向かって手を振る。
出口に佇む赤いドラゴンが、一声唸り、そのまま奥に飛んでいった。
「いま飛んだ赤い龍、あれがぼくを変わり者だというんだ。まぁヒトの姿になる奴なんかそうそういないし、外に出歩く奴も余りいない」
 出口で彼はそう呟くのが聞こえた。
「……でしょうね」
「でもね。――何か面白そうな気がするんだ」
森の中にさしかかろうとして、私はふと気がついた。
「ね。あなたこれからどうするの?」
 町に行きたいなら案内するけど、と言おうとした。
「そうだね。……君についていくことにするよ。キミ、テイマーでしょう」
……何かとんでもない発言が聞こえた気がする。
「確かに私はテイマーだけど……」
「みんな僕の仲間を自分のパートナーに選ぶようだしね。僕は一応、強いよ。こうみえても、……龍だからね」
 ――それは分かっている。
しかしこういう場合どうしたらいいのだろう?
普通のドラゴンは扱ったことがある。
しかしヒトになるのを見た以上、ドラゴンとして扱うことが出来るわけじゃないし……。
「あなたの名前を聞かせて?」
「特に気取った名前がある訳じゃないがね……たぶん君たちの言葉で言うなら、発音的にはBang、が近い」
「Bang?」
「ああ、ちょっと違うけど、――まぁそんな感じかな」
 青年は手を私に差し出した。
人間と同じ手……。
触れると……とても暖かかった。
「行こう。僕はいろんな世界を見てみたいんだ。ヒトの世界を旅してみたいし……」

微笑して彼は続け、私の手を握った。

「君と一緒に冒険するのも面白そうだよ」

 私は頷いた。
いきなり連れ帰った青年を見て、姉達は驚くかと思ったが、誰一人として驚きもしなかった。Ariel姉さんは無言でDragonの皮のグローブを閉まったのを見て、私は驚いた。
まさか――Ariel姉さんは彼が龍だと……?
「珍しいお客様ね、静」
そういってAriel姉さんが礼をした。それも……敬意を表してだ。
「どうぞゆっくりしていってくださいね」
 やはりAriel姉さんは……不思議な人だ……。
「君の姉さん……僕の正体を分かるところを見ると、龍のことをしっているみたいだね。それに気をつかってくれた」

それ以来、彼は常に私の傍らにいるようになった。
ある時は人の姿で……またある時は龍の姿で。
家の中に彼がいるのも、今はもう当然になった。
こんな友達がいるのも――悪くない。
「……僕の方がキミよりは寿命は長いよ、多分ね」
 でも、龍としては僕はまだ若いから、そんな歳は変わらない……ああ、勿論、人間換算でだけどね、と彼は付け加えた。

彼は驚くことを、よくしてくれる。
「静、これ買ってきたけど……食べる?」

 私は目を丸くした。
先日は買ってくれ、といわれてBritainで大量の魚を売りつけられてきた。
その前は小麦粉を小山のように持ち帰ってきた。
今日は林檎……しかも店から台車まで借りて来た。
「……こんなに沢山の林檎をどうするの……」
 それに彼は微笑して答えた。
「僕ならこんなの、あっという間さ」
 ――忘れかけていた。
彼はDragonなのだった……。
背後であれがingotならねぇ、とか呟く声が聞こえた。
くるりと振り向くBang。
「ingot?……それは何処で買えますか?食べ物ですか?」
「えっとねぇ――」

早く人間の常識を身につけて欲しい。
私はそう思いながら林檎をかじった。

晴れ渡る空が眩しかった。


BGM Go West/Pet Shop Boys

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