Feluuca(Agrias)

指先を空にかざす。

 いつも通り微かにかんじるエーテルの流れ。
東から吹き付ける海風も、いつもの通り。

 私はオスタードに乗り、Vesperにと向かった。
私に、永遠に忠誠を誓ったオスタードは、いまは透明な姿をしている。
普段は鞄の中に入るくらいの小さなサイズだが、必要な時には元の姿に戻っている。
ごく稀に、長く絆をもっていた騎乗生物が寿命を終えると、こうなることがあるようだ。知り合いの中には、透明な馬に騎乗している人もいる。
餌を食べるわけでもないが、でも生きているのだ。
昔と変わらぬ仕草で、それが分かる。

 しばらくオスタードを走らせ、着いたのはVesperとMinocの中間地点のMoongateだ。

 荒涼としている世界から、緑あふれる世界にも通じるゲート。
私の世界はFeluucaとも旧世界ともいわれているのだ――。

 Moongate付近でうろうろしているスリを見かけた。
彼もまた混沌としたこの世界を愛しているからこそ、ここに留まっているのだと私は知っていた。
「今日も仕事?」
 私に気がつき、彼は微笑した。
「おや、姉御、お久しぶりだねぇ。……へへ、でも儲かりませんよ、最近は誰も来ないんでねぇ」
 ふと寂しげな顔をを見せる。彼は向こう側、そうTrammelから来る無防備な人の荷物をすっては、説教と共に返すのが趣味とも言える。説教というべきなのか小言なのかは分からない。
無論争いがおこることもあるのだが、不思議と最後は和解して去って行く。

『何しろあちらの方は、無防備だからねぇ。俺みたいなのがいないとさ』

それが彼の口癖だ。

「今日は向こう側に行くのよ。じゃ、またね」
 彼もひらりと手を振る。私はそのままゲートを潜った。

                              * * *
 
 ゲートをくぐった一瞬後に見えたのは……溢れるばかりの緑。
いつ来ても、綺麗な世界だ。

 だがこの世界は本当に綺麗なのだろうか、と疑問に思うことがある。
思っても仕方のないことなのだとは分かっているのだが……安全と引き換えに、何かが消えた気がしないでもないのだ。

 いや、私が混沌に慣れすぎたのかもしれない。

                              * * *
 
 新世界……Trammelは今日も賑わっていた。
かなりYewは景観が変わってはいたものの、今は少しずつ賑わいを取り戻している。
先日まで異形のものがうろついていたのも夢のようだ。

 長く戦いの中に身を置いてはいたのだが、幾人もの友が去り、なんとはなしに私は人と関わるのを避けるようになっていた。世界がわかれ、殆どの人は新世界にいってしまい、特に守らねばならぬものもいなくなってしまった。

 ――職を辞したのも、そのせいかもしれない。

 だがまた再び、世の中がざわめきはじめている。

 もう使うこともないかもしれない、としまい込んでいたバーディッシュ。
謎の軍が進行してきている……と知り合いに助けを求められ、再びそれを手にとった時、しっくりと来るものを感じた。手になじむ……いや、私の手がそのまま伸びただけともいえそうな――やはり、これは私にとって、なくてはならぬものなのだろう。

                              * * *

 今日こちらの世界にきたのは、品物を受け取るためだ。
先日の大きな戦いでかなり武器が傷んだ。
それの修理が出来ている筈だ。

「頼まれていたもの、仕上げておいた」
 行きつけの店の主から、研ぎにだした武器を渡された。
相変わらずのいい腕だ。
 だが店主は大きな店を出すわけでもなく、ひっそりと店を営んでいる。
口コミでお客は随分来ているようだが、常に静かなので居心地がいい。

 丹念に手入れをされたバーディッシュを見たとき、ずいぶん昔に、戦う理由について、友と話したことを不意に思い出した。いまはTrammelにいる友が、私と同じ世界にいたときのことだ。

『その時、その場所で戦う意味があるからこそ、私は恐れずに飛び出すことが出来る』
 黒衣の友は、そう微笑みながら続けた。
落ち着いた物腰の中にあるのは、確かな自信。
『還りたい場所と――大事な人がいれば、理由はそれだけで充分』
 そう言い放つ友を、私は少し羨ましくも感じたのを覚えている。

 今の私に、戦う意味があるのだろうか?

 職を辞した後、そう自問自答しながら生きてきた。

意味は自分で見つければいいということを、少し忘れていた。
それを思い出させてくれた。

「……何かありましたか?」
 いや、という私に店主は微笑んだ。
「何処となく、笑顔が明るくなった気がしまして」
「――ああ、そうだな。いいことがあった」

 店を出て、少しだけ私はこの新世界――Trammelを見つめた。
人がいるところ。
そこに私のやるべきことがある。
旧世界も新世界も……二つとも世界に違いないのだから。

そう思えたとき、今まで苦手だった新世界が、ふと優しく見えた気がした。

私はやはりBritanniaが好きなのだ。

そう呟いて私は家へではなく――新世界のBritainへと向かった。
久々の喧騒を楽しみにしつつ、昔と同じように友と酒を酌み交わすために。

 

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